この春、定年退職される先生方より、みなさんへメッセージ
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2023年3月、東京外国語大学を定年退職される先生方からみなさんへメッセージをいただきましたのでお届けします。あわせておすすめの一冊も伺いましたのでご紹介します。(五十音順にご紹介します)
青山 亨 先生 | 粟屋 利江 先生 | 伊勢﨑 賢治 先生 | 浦田 和幸 先生 | 小笠原 欣幸 先生 | 川口 裕司 先生 | 金 富子 先生 | 鈴木 聡 先生 | 土佐 桂子 先生 | 成田 節先生 | 丹羽 京子先生 | 沼野 恭子 先生 | 真鍋 求 先生
青山 亨(あおやま とおる)先生
大学院総合国際学研究院 教授
2003年10月にインドネシア語専攻の教員として着任して、ほぼ20年勤めたことになります。生まれも育ちも西日本なので、府中キャンパスから見える武蔵野の平坦さや多摩の山並みに屹立する富士山が新鮮でした。不慣れな土地でしたが、東南アジア課程(当時)にはよく知る教員仲間がいましたので、さしたる不安もなくすみました。ともに力を合わせて地域基礎の授業を開講し、その成果が本としてまとまったことは、課程の結束力として強く印象に残りました。
着任翌年12月に起きたスマトラ島沖地震では、津波のビデオ映像がテレビで拡散し、大きな衝撃を受けましたが、学生たちが自発的に募金活動を進めてくれて、外大生の心意気を強く感じました。多言語?多文化教育研究センター(当時)には2006年開設の時から関わる機会があり、「多文化共生」にコミットする本学の今につながる出発点だと考えています。
2期務めた研究科長としての最後の2020年は、COVID-19感染拡大のなかオンライン化に試行錯誤し、社会の変動に向き合って大学には絶えず決断が求められることを、副学長を務めた最後の2年間は、大学という制度が大きな転換点にあることを気づかせてくれました。内外ともに変動する時代にあって、あとに残る先生がたのご健闘をお祈りします。
おすすめの一冊
Essays. Penguin Modern Classics. George Orwell.
オーウェルは小説『1984年』や『動物農場』で有名ですが、彼の作家としての本質は、英領ビルマで大英帝国の植民地警察官として働くことの葛藤を描いた「象を撃つ」のような、短いエッセーに鋭く表れています。平明な言葉で真摯に考えるためのお手本です。読者対象:学生
粟屋 利江(あわや としえ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
4半世紀、本学で務めさせていただきました。後半の10年強ほどは、人間文化研究機構のプロジェクトによって設置された外大拠点(FINDAS)の代表として、現代インド?南アジアの構造変動をジェンダー?文学?社会運動に焦点を当てて理解する共同研究を組織することにエネルギーを費やしました。南アジア関係の同僚、執行部?事務、そして東京外国語大学出版会の方々には、FINDASの活動を支えていただいたことに感謝します。
南アジアにおけるジェンダーに関する講義では、講義で取り上げる様々な「問題」は、南アジア固有の問題ではなく、日本を含めて「地続き」のジェンダー問題であることを強調しつつ、「当事者」として考察を深める契機になるよう努力しましが、「日本に生まれてよかった」という印象を与えて終わってしまったのではないかと恐れます。「寛容」という名の文化相対主義に陥ることなく「他者」の理解がどのように可能になるかは、今でも課題です。
今日、「批判」という行為がますます困難な状況になりつつあると思われます。東京外国語大学の皆様が、そのような中、地域に軸足を置きつつ、多種多様で刺激的な「批判」を繰り広げられることを期待しています。
おすすめの一冊
マリア?ミース(奥田暁子訳)『国際分業と女性―進行する主婦化』日本経済出版社、1997年
「西洋」のフェミニスト研究者が真摯に「第三世界」のジェンダー問題と取り組んだ作品の一つとして評価してきました。
伊勢﨑 賢治(いせざき けんじ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
この大学は、僕のキャリアの中で一番長い就職先となりました。
大学院Peace & Conflict Studiesで、行ったこともない紛争国からの学生たちと接することは、大変にスリリングで知的好奇心が刺激されるものでありました。そして、素直過ぎるけど大変に優秀な学部生の皆さんと、日本が抱える諸問題を考え研究する機会をいただいたことは、日本国憲法や自衛隊問題、日米関係や国防政策に対して、日本社会に発言する僕の基盤をつくってくれました。
僕の学部の授業の一つに、ある特定の社会問題を調査して、その解決策を考えプロジェクト化する、シミュレーション型の授業がありました。そこで発案されたアイディアが、日本にやってくる外国人労働者の労働環境を少しでも良くしようとするもので、なんとそれを事業化する株式会社が、プロの起業家の協力の下、その学生たちと共同経営という形で、この春から始動します。
インドで被差別(アウト?カースト)の人たちをオルグする社会運動家、アフリカでの開発援助専門家、国連平和維持活動要員、アフガニスタンでの日本政府の代表とか、色々な業種を転々としてきた僕にとって、退官に際しては、これと言った感慨はないのですが、この大学には一言。感謝の言葉しかありません。
おすすめの一冊
『伊勢崎賢治の平和構築ゼミ』大月書店、デスモンド?マロイ他
僕は、自分の著書を授業の参考文献に挙げることも、学生の皆さんにお薦めすることもないのですが、皆さんの先輩たちと作ったこの本は例外です。
浦田 和幸(うらた かずゆき)先生
大学院総合国際学研究院 教授
1998年10月に着任して、24年6か月の間、お世話になりました。
その間には、教育?研究面や、大学運営面において、いろいろなことを経験し、学ばせていただきました。振り返ると反省点は数々ありますが、総じて、回りの皆様のおかげで、幸せな教員生活を送ることができました。
英語学の専門の授業では英語史関連の科目を担当してきましたが、様々な専攻語の学生さんが授業に参加して、独自の観点から鋭い質問や意見を出してくれたおかげで、毎回、心地よい緊張感をもって教壇に立てたことは喜びでした。そして、様々な地域や言語?文化を専攻する同僚の先生方からも、直接、間接に刺激を受け、広い視野から言葉の歴史を見つめることができたのは、本学ならではの貴重な経験でした。
事務局の皆様には、日々の業務や、大学執行部関係の業務に携わっていた折にはその方面でも、本当にお世話になりました。
また、2007年に学内のアラムナイ担当を拝命して以来、東京外語会には様々な方面で大変お世話になりました。とりわけ、同会事業委員会企画の東京外語会寄附講義(「地球社会に生きる ― 社会人からのメッセージ」)の授業担当教員を十数年間にわたって務めさせていただき、卒業生の方々の実に多彩な活躍を直に知ることができたのは、受講生にとってだけではなく、私にとっても大きな励みとなりました。
これまでにお世話になった皆様に心より感謝申し上げるとともに、私の母校でもある東京外国語大学の今後の一層の発展を祈念いたします。
ありがとうございました。
おすすめの一冊
『ギリシア?ローマ名言集』柳沼重剛編(岩波文庫)
西洋古典学の碩学の手になる名言選集で、拾い読みよし、通読するとなおよし。句の由来や編者の簡潔なコメントに蒙を啓かれました。今の世にも通じる古の言葉は身に染みます。「平和より戦争をえらぶほど無分別な人間がどこにおりましょうや。平和の時には子が父の葬いをする。しかし戦いとなれば、父が子を葬らねばならぬのじゃ。」(ヘロドトス『歴史』第一巻 87(松平千秋訳))
本書のあとがきは次の言葉で結ばれています。「読者の方々が、ここに集められた名言の数々を楽しんでくださるように望んでやまないが、私はさらに欲を張って、これが一つのきっかけとなって、多くの方が、こういう名言の出典になっている作品そのものを読もうと意欲を燃やしてくださるようにと祈っている。」
時間ができる今後は、私も肝に銘じたいところです。「ゆっくり急げ。」(Festina lente. フェスティーナー レンテ―)の精神で。
小笠原 欣幸(おがさわら よしゆき)先生
大学院総合国際学研究院 教授
32年間在職しました。着任当初はイギリス政治を研究していましたが、数年のうちに台湾政治研究を志し、中国語を1から学ぶことになりました。これは、多くの専攻語/専攻地域を抱える東京外国語大学の特色に刺激されたからです。
この間、教育や指導などの面で十分でなかったことも多々あり忸怩たる思いもあります。それでも研究成果が出せるようになったのは、「言語を軸とする地域研究」という本学の大きな学風があったおかげだと考えています。最後の3年間は、授業でも手ごたえを感じられるようになり充実感がありました。東京外国語大学に身を置くことができたことに感謝しております。
最近は研究テーマである台湾情勢が厳しさを増し、名著を一冊お勧めするという心境になれないでいます。退職後も研究を通じて台湾有事の抑止を精一杯考えていきたいと思います。
陰ながら、東京外国語大学の一層の発展を祈っております。
川口 裕司(かわぐち ゆうじ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
外語には27年の長きに渡りお世話になりました。ご迷惑をおかけした先生方や事務の方々には、ただただ感謝の言葉しかありません。みすぼらしい校舎でしたが西ヶ原の外語は忘れられません。長年学生たちを見てきまして、最近の外大生は世の中を見通す目を持っている人が多くなったような気がします。ラ?フォンテーヌの言葉にUn tiens vaut mieux que deux tu l’auras.「今ある一つは将来の二つよりも価値がある」というのがあります。学生の皆さんは、今見ているものを大切にしながら将来に向かって進んで欲しいです。私は大学に泥臭くしがみついて生きていたことで、運命の悪戯でしょうか、パリの青空、不思議な魅力のイスタンブール、雨空も美しい台湾と出逢うことができました。
最後に学生の皆さんと現役の先生方や事務方のご活躍をお祈りしつつ、外語のさらなる発展に期待したいと思います。
おすすめの一冊
『言語学への開かれた扉』1994年、千野榮一、三省堂
この本を読んで言語学への扉が開かれるといいですね。ことばの面白さを教えてくれ、非常勤先でも利用しました。想い出とともにもう一冊も挙げておきます。 Iván Fónagy, Languages within Language, John Benjamis, 2001.
金 富子(きむ ぷじゃ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
教員としてジェンダー論?ジェンダー史を教えてきました。2009年に着任して退職するまで、あっという間の14年間でした。
教え甲斐のある優秀な学生が多く、楽しく講義やゼミを行うことができました。学生?院生といっしょにゼミ合宿旅行、海外スタディ?ツアーを敢行したのも、いい思い出です。自由な学風のもと、個人でおこなった研究も、さまざまな先生方といっしょにおこなった共同研究も、それぞれ大きく進展させることができました。こうした教育活動、研究活動を支えてくださった大学の執行部や同僚の先生方、そして事務の皆さま方にあらためて感謝申し上げます。今後も地道に学術研究やさまざまな活動を続けていく所存です。
世界や日本が激変するこの時代、大学も困難が増していますが、叡知と力を結集してこれを乗り越え、ますます発展することを心から願っています。今後も陰ながら応援します。
おすすめの一冊
ジョーン?W?スコット著、荻野美穂訳『ジェンダーと歴史学』平凡社ライブラリー
1992年に日本で翻訳刊行され、ジェンダーという概念(=「肉体に意味を付与する知」)を広めた画期的な著作であり、いまや古典です。ジェンダー論?ジェンダー史を本格的に研究したい人にとって、最重要文献の一つです。2022年、本書の刊行30周年を記念して改訂新版の文庫本が同じ出版社から出ています。少し難しい本を読むのも大学生活の醍醐味です。
鈴木 聡(すずき あきら)先生
大学院総合国際学研究院 教授
32年間の在職期間中、W?B?イェイツ研究を一書としてまとめたのち、ヴラジーミル?ナボコフ研究に向かい、長篇小説すべてを取りあげ、一篇ずつ論文を執筆しました。さらに引き続き、主要な短篇小説と、ナボコフが大学で講じたセルバンテス、オースティン、ディケンズ、フローベール、スティーヴンソン、プルースト、カフカ、ジョイスの各作品についても論攷をまとめました。全部で30篇以上、いずれも学術成果コレクションで公開されていますので、御一読頂ければ幸いです。他に、河竹默阿彌によるブルワー=リットン作品の翻案についての論文もありますが、これはアダプテーション?スタディーズの方法論的展開への寄与を念頭に置いたものと見ても差し支えなく、執筆者の側には、以前『ユリイカ』の平賀源内特集に寄稿した論文に繋げる意図があったことを申し添えます。
ジェイムソン、イーグルトン、スピヴァックなど批評理論方面の翻訳書もいくつか出版することができました。いわゆる文学作品の翻訳を世に出す機会は多くなかったものの、トマス?ド?クインシー、ジョン?クーパー?ポウイスの作品を訳出し、解説を付すことができたことは幸いでした。
おすすめの一冊
『天人論』黒岩涙香著(『明治文學全集47 黒岩涙香集』[筑摩書房]所収)
推薦というよりも自身の今後の研究に備えた心覚えとして挙げますが、同時代における英語圏の最尖端思想の受容状況を探る手掛かりとなる重要な文献であることは間違いありません。広く知られて然るべきでしょう。
土佐 桂子(とさ けいこ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
2002年10月の着任以来、20年と少しお世話になりました。ビルマ語と東南アジア文化人類学の授業を受け持ち、同僚に恵まれ、個性あふれる優れた学生さんと出会え、本当に幸せな日々であったと改めて感じます。
本学の特色は、言語の習得を前提とする点にありますが、新たな言語の習得には苦労が付きまといます。ただし、そのプロセスに耐え、一定程度の能力を獲得したときに見えてくる世界は格別でしょう。他者と接しつつ自分も影響を受け、目の前に広がっている世界をいかに理解するのか。理解の対象や方法論は学問分野(ディシプリン)によって異なるでしょうが、対象とディシプリンとの往還作業を通じて、また他者理解のなかで、自分自身を捉えなおす、再帰的な作業が必ず入ってくることでしょう。本学の授業や留学、遊学体験を通じて、皆さんは激動する社会を生き抜く現場力を存分に身につけられたことと思います。一層のご活躍を心から楽しみにしています。
おすすめの一冊
グレーバー『民主主義の非西洋的起源:「あいだ」の空間の民主主義』(以文社)
民主主義の危機ともいわれる昨今の状況を踏まえ、グレーバーの『民主主義の非西洋的起源:「あいだ」の空間の民主主義』(以文社)をおすすめします。筆者はオキュパイ運動などにも参加し、一時は大学界からパージされた自称アナキスト人類学者です。民主主義は一般的に西洋起源の政治概念とされますが、グレーバーは「開かれた、そして相対的に平等な公共的議論のプロセス」を通して課題に対処するコミュニティの手法に注目し、本来は小規模な水平構造のなかで行われるコンセンサス形成こそが民主主義だと考えています。民主主義が西洋起源だという概念を批判的に検討し、非西洋的社会にみられる上記の民主主義システムを示し、時にそれらが欧米社会に影響を与えた可能性なども示します。批判ももちろんありますが、グローバルな社会運動に参与する筆者の生きざまを踏まえると示唆に富む書物です。
成田 節(なりた たかし)先生
大学院総合国際学研究院 教授
1997年4月に赴任し、最初の教授会で「富山大学に9年、大阪市立大学に3年勤めました。東京外国語大学では定年までお世話になりたいと思います。」と挨拶してから26年、本当に定年を迎えることになりました。主にドイツ語の文法と語法を日本語とも比べながら研究している者にとって、外国語学習に意欲のある学生が多い本学で教えるのは実に楽しく幸せなことでした。授業以外にもドイツ語会話合宿や、ドイツの日本学専攻学生と本学のドイツ語専攻学生の合同合宿などにも携わり、教室外で若い人たちに接することでエネルギーを分けてもらった気がします。一方、自身の研究はなかなか思い描いたようには進まず、素晴らしい成果をあげる周りの先生方を見て、自分の能力のなさ、それ以上に努力の足りなさを痛感させられる日々でした。最近になってようやく、自分にできることに真摯に取り組むしかないという当たり前のことに気づきました。外語大退職後も細々と勉強を続けたいと思います。
最後になりましたが、事務の方々を始め学内の多くの方々に本当にお世話になりました。ありがとうございました。今後も大学にとって困難な時代は続くかと思いますが、東京外国語大学がその個性を活かして教育?研究を着実に進めていくことを願っています。
おすすめの一冊
『ライ麦畑でつかまえて』白水社、J. D. サリンジャー(野崎孝訳)
言うまでもないベストセラー。「未成熟な人間の特徴は、理想のために高貴な死を選ぼうとする点にある。これに反して成熟した人間の特徴は理想のために卑小な生を選ぼうとする点にある。」進むべき道が見えずにもがいている主人公に向けられたこの言葉が心に沁みます。
丹羽 京子(にわ きょうこ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
2012年の学部改編に伴いベンガル語専攻が新設されることとなり、その準備もあって開設半年前の2011年10月に着任しました。ベンガル語は本学以外では専門的に学ぶことができない言語です。そのような専攻語の創成期に関わることができたのは、とても幸運であったと思います。
ベンガル語はイスラム教徒の多いバングラデシュとヒンドゥー教徒の多いインド、西ベンガル州にまたがって使われ、重層的な文化を担っています。そして東も西も、ベンガル人は母語をたいへん誇りに思っています。そのベンガル語の魅力を十分伝えることができたかどうかはわかりませんが、その端緒を開くことができたとすれば嬉しい限りです。
まだ開設から10年ですが、早くもインドやバングラデシュで活躍している卒業生がいるのは心強い限りです。かならずしもベンガルに関わる仕事につかないこともあるでしょうが、未知の言葉を学ぶことによって新たな世界が開けたという経験は、何にもまして人生を豊かにしてくれたはずです。この10年、わたし自身も多くを学ぶことができましたし、これからも新たな知見や感動を求めていきたいと思っています。
おすすめの一冊
『名詩渉猟』天沢退二郎、思潮社
みなさんは詩や俳句を読むことはあるでしょうか。すでに読んでいる人にはなにも言うことはありませんが、読んだことがない、詩はわからない、と思っている人、あるいは読みたいがなにを読んだらいいかわからない、という人には入門書的なこのような本がお勧めです。ふだん使っていることばが別物に変容する驚きが感じられればしめたもの、あなたの世界が一段と豊かなものになるでしょう。
沼野 恭子(ぬまの きょうこ)先生
大学院総合国際学研究院 教授
長きにわたり、優れた同僚や職員の皆さんに助けられながら、学生や院生の皆さんとともに本学で充実した日々を過ごしてきました。このような恵まれた研究?教育環境を与えていただきましたことに、心より感謝申し上げます。
敬愛するロシアの作家リュドミラ?ウリツカヤの長編『緑の天幕』に、ロシア文学(つまり国語)の先生が登場します。彼は、文学へのゆるぎない愛と信頼で生徒たちの心に自由と創造力の種子を植えつけます。「文学というのは、人間が生き延びていくための、また時代と和解するための助けとなる唯一のもの」と語るその先生の薫陶を受けた教え子の中から、抑圧的なソ連社会を主体的に生きていく反体制知識人が育っていくのです。
文学は清濁合わせ持つものですから必ずしもつねに癒しをもたらしてくれるとは限りませんし、短期的に成果を出すという効率主義とはほぼ無縁の代物です。普遍的な永遠の問いを考えつづけ、「魂のこと」(大江健三郎)を扱うのが文学だと言ってもいいかもしれません。そうであれば、現代のような荒んだ「暗い時代」(ハンナ?アーレント)にこそ、文学が重要な役割を担うのではないでしょうか。
おすすめの一冊
『緑の天幕』リュドミラ?ウリツカヤ 著、前田和泉 訳、新潮社
才気あふれる3人の同級生が、ポスト?スターリンの厳しい時代をそれぞれどのように生きたかを描いた大作です。この小説自体がロシア的な「文学中心主義」の典型とも言え、全編にロシア文学の引用や言及がちりばめられています。ロシア文学の醍醐味を味わうのに最適です。
真鍋 求(まなべ もとむ)先生
大学院総合国際学研究院 准教授
長らくお世話になりました。
「外語大ではまったくの門外漢ですが、よろしくお願いします???」着任直後の教授会で挨拶したこと、旧西ヶ原キャンパスの上階の会議室が今でも思い出されます。教育の担当が体育?スポーツで、専門領域は神経生理学、まさに門外漢でした。医学実験系の研究所で足かけ10年を過ごした私にとっては驚きが多くありました。一つには当時の教授会の長さ、終電ぎりぎりまで議論が続いたことを今でも覚えています。また着任早々から「うちに来てくれないか?」というお誘いがいくつもあったことです。
採用していただいた以上はしっかりとお手伝いし、その後に医学系や理学系がある大学に移ろうと漠然と考えていましたが、程なくしてキャンパス移転が決まりました。これはお手伝いしなければならないと考え、移転前は体育施設や大学会館の設計計画に携わりました。大がかりな大学の引っ越しに奔走し、移転後はスポーツ施設の調節に当たっている内に数年が過ぎ、気がつけば他大学からのお誘いの声がなくなっていました。
ゼミでは少なからず学部学生を送り出しましたが、大学院については前期課程や後期博士課程の院生はまったく輩出してきませんでした。代わりと言っては何ですが、医師の方のドクターは3名ほど輩出しました。しかしこれとて外語大の本来の意義からは関係ないことです。ただゼミや課外活動を通して声をかけた学生たちが、卒業後それぞれの職場や社会で活躍していることは、唯一の「生産」であったかもしれません。
気がつけば30余年外語大にお世話になりました。長く大学に居たということは、それだけ多くの方々にご迷惑をおかけし、お世話になったということです。その間ご一緒させていただいた先生方、事務職員の皆さんお世話になりました。長きにわたり置いていただき、ありがとうございました。最後まで異邦人として去って行きます。
このほか、アジア?アフリカ言語文化研究所の栗原 浩英(くりはら ひろひで)教授も定年退職されます。
先生方、本学での長年にわたる教育研究業務に感謝申しあげます。益々、お元気でご活躍されますことをお祈りしております。